習い事(今日のテーマ)
BlogPet 今日のテーマ 習い事
「何か習い事をしていますか?していない人は何かやってみたいと思いますか?」
で、何がやりたいかというと、都々逸とか川柳とか……
なんか逃避っぽいですねぇ……
BlogPet 今日のテーマ 習い事
「何か習い事をしていますか?していない人は何かやってみたいと思いますか?」
客の入りがすごかった。
満席で立ち見まで出たくらい。開演早々「おひざ送りをお願いします(←一人でも多くの人が座れるように席を詰めてください、と言う意味)」と言うアナウンス。
扇治師匠だったか円太郎師匠だったか忘れたけど、「池袋演芸場で『おひざ送り』って言葉を聴いたのは久しぶりだ」と言っていたくらいだったから。
あそこのキャパは93席。プラスパイプ椅子で110席くらい。ということは、百数十人は少なくとも入ったという感じかな。外が寒かったからかなぁ?
知らない演目よりも知っているほうが面白いような気がする。そうなると、新作より古典のほうが有利に作用すると思う。
今日も池袋演芸場で落語を9席(開口一番を加えれば10席)聴いたけど、やはりのめりこめるのは古典のほうだ。新作は作品と演者が引っ付きすぎていて、乗れるものと乗れないものの差が激しいように思えるから。「今『古典』」と呼ばれるものだって、できたばかりのときは新作だ」と新作落語の好きな人からは言われそうだけど、それはわかっている。以前、落語協会の分裂騒ぎがあったときに、新作派の人がそう言ったときには、「確かにそうだよなぁ」と思ったもの。
でも、実際に聞いてみると、安心して聴けるのはやはり古典。言っていることが江戸時代、明治時代のことであっても、決して古びたという感じがしないから。やはり時代をが変わっても、人間の営みにそう変わりがないということがよくわかるから。そういう意味だと、今の新作が将来古典に仲間入りできるかと言われると、少々心もとないものが多いような気がする。
新作落語を頭から否定することは、日々新しいネタを考えている落語家さんに対して失礼だとは思うけど、でも、やはりそんな気がしてならない。
変にバイアスをかけずに落語を鑑賞できるようになるのはいつになるだろうか?
というわけで、昨日のお約束どおり池袋演芸場まで行って参りました。
新春興行は三の席まであるということで、今回の木戸銭は2,800円。その代わり、入れ替えなしなので、その気になれば、11:30~20:30まで粘れます。誰かが行ってたなぁ、昼にたこ焼き買って食べたら、これが8つで400円。で、一の席から三の席までずっと居れば、出てくる演者がのべ60人。木戸銭3,000円として、これを60で割ると、一人の芸はたこ焼き1個分だから、一人くらい面白くない演者が居ても、あ、たこ焼き1個どこかに落とした、と思って...なんてことを。
それはいいとして、問題は今回は鑑賞する環境がよろしくなかったのが...本当は二の席だけ見て帰る予定が、二の席で赤ちゃん連れで来た客が居て、その子がぐずって。まあ、それはやむをえないとして..でも、演者もやりにくそうな感じだった。.
この赤ちゃん連れで来た客のおそらく親と思われる人がもっとひどい。正確に言うと、赤ちゃんから見ればじーちゃんばーちゃんに当たる人だろうと思うけど、この人がもっと始末に終えなくて、傍若無人が服着て歩いていると言っても言い過ぎではないだろう、と言う感じで...二の席はさんざんでした。
で、ゲン直しと言うことで、結局三の席を聞く羽目に。入れ替えでないから、しまいまでずっといていい、ということで。三の席くらいになると、ぐっと人が減って、さっきのはた迷惑な隣人もいなくなって、興行側としてはあまり人が居ないのは張り合いはないだろうけど、その分落ち着いて見ることができました。
そういや、三の席に入ったところで一番前の席に座ったおじさん、リリー・フランキーによく似てたなぁ...
偶数月の第3日曜あたりに、杉並区立高円寺会館で行われていた「高円寺獅篭の会」も今日が最終日。今回はおなじみの雷門獅篭の他、弟分の雷門幸福も出演していた。
出し物は、前半が「知ったかぶり」がテーマ。
まず幸福が「転失気(てんしき)」と言う負けず嫌いの坊さんがある時、お腹の具合が悪くなって、医者に見てもらったときに「"てんしき"はありますか?」と訊かれて、「あります」とは答えたものの実は"てんしき"が何のことだかわからないので、小僧に「花屋に行って"てんしき"を借りて来い」と言いつける、と言う噺。実は"てんしき"とは、無色透明だけど臭うもののことなんだけどねヾ(^^;)
続いて獅篭の「浮世根問(うきよねどい)」八つぁんが大家さんを質問攻めにする話。ただ落ち(受験生の皆さんは、見なかったことにして...(^人^))は、鶴と亀がローソク立てになっていると言う原典のものではなく、地獄と極楽は隣り合わせで、仏壇(極楽)の隣に蜘蛛の糸が垂れている、という解釈。これは芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を知らないと、わからないかもしれない。自分もしばらくはわからなかった。
5分の休憩を挟んで、後半は与太郎物。
まず、幸福が「孝行糖」。頭の回転は鈍いけど、親孝行であると理由で、お奉行さんからいただいたご褒美のお金を元手に、与太郎が飴売りを始めたはいいけど、水戸のご老公のお屋敷前でそれをやってしまって、門番から散々に折檻される噺。最後のほうでとりなすのが、こっちは通りがかりの人だったけど、自分はご老公自身がとりなす、と言う噺も聞いたことがある。
続いて獅篭の「釜泥」(かなぁ、自信なし。後で獅篭のブログを見たら、「へっつい盗人」だって)。知り合いが結婚したと言うので、何かひとつお祝い品を持って行きたいが、あいにく金がないので、へっついを盗んで持っていこうという噺。
続いて恒例のお楽しみ抽選会。で、当たったのが最初にあるサイン入り色紙。いきなり当たったのでびっくりしてしまった。冒頭にある写真が今回当たった色紙。
最後は三本締めで幕。
一時は落語も受け付けられないほど、お笑いには拒絶反応があったけど、今回はなんとか楽しめた。今日のNHKの「笑いが一番」は色物だけで、落語が無かった分、落語に飢えていたのかもしれないな、たぶん。
これは、うなぎ書房から出ている林家木久蔵という落語家の書いた「木久蔵一代バカの中身」という本の中の一節です。
なんでも、日本医科大学付属病院で長年リューマチの研究をしている教授から、慢性関節リューマチの患者は気分が明るいときには痛みは軽く、悩みや悲しみを抱えているときには痛みが激しい、ということがわかってきたので、ひとつリューマチ患者に落語を聞かせて、それを検証したい、との相談があったとのこと。で、木久蔵師匠の義弟も長年リューマチとの闘病生活を送っている、とのことで、自分で役に立つのなら、と日本医科大付属病院で一席落語をやったそうです。
で、その結果、笑いがリューマチの痛みを軽くする、ということが実証された、という結果が出たそうです。これは、1995(平成7)年4月1日の読売新聞の夕刊の1面に掲載されたとか。しかも、大きくカラーで。
ちなみに、なぜ木久蔵師匠に声がかかったのか、というと、木久蔵師匠の義弟がリューマチを患っていてそこに世話になっていると言うのもありましたが、
「病にキクゾー!」
ということで、木久蔵師匠に白羽の矢が立ったそうです。
ちなみに、噺に入る前に、木久蔵師匠、こう言ったそうです。
「笑うと体にいいんですよ、笑いには自然な笑いもあるけれど『そうか面白いときには笑わなくっちゃ』と自分が気づいて、大きな声で笑ってみるうちに、本当に笑えてくる・・・・・・これもいいことなんですよ!」
ちなみに、同じお笑いでも、明るいからっとした落語は効果があるけど、ブラックジョークでは効果はないそうです。
そういえば、明日18日は、高円寺獅篭の会。なんでも、会場の関係で高円寺での獅篭の会はこれが最後だとか。
18日の「笑点」はトヨタカップのため、お休みということなので、高円寺でせいぜい笑ってこようと思います。
最初に変換したときは「高円寺獅篭の怪」とか変換しやがった>MS-IME2000。
いくらなんでもそりゃあんまりだろ、と思ったが、いや案外それでいいかもしれない、と思い直し、いやいややっぱりと「高円寺獅篭の会」にしましたので、怒んないでね。
以前、STAR OHSU~名国の逆襲~をやった杉並区立高円寺会館で2/26にあった高円寺獅篭の会に行って来た。30分3本勝負(プロレスじゃないって)で、演題は雷門一門のお家芸「仕立て下ろし」と「宿屋の富」とあと何だっけ...忘れた(/_)/。2本目で特技(と敢えて言っておこう)を活かして似顔を3人分書いていたのは覚えているが...
しかし、マクラが長いんだよなぁ>このしと。これじゃあ映画館で見る予告編だよ。途中で入るときに買った「少年サンダー」(左上写真参照)に目を落としてしまったではないか。
とか言っているうちは名古屋落語への理解はまだまだ足りんのかな?
ちなみに、名古屋で落語の灯を守る雷門小福一門のHPはこちら。
といっても新橋にあるインドネシア料理店(六本木七丁目にこんなような店があったけど、ってこっちは「ブンガワン・ソロ」だった(^^ゞ)ではない。インドネシアの国歌としての「インドネシア・ラヤ」である。世界の国家を集めたカセットテープで始めて耳にして以来、好きな曲の一つになっている。ちょっとブルーな気分な時に聞くと元気ややる気が出てくる歌だなぁ、と私には擦り込まれている。
ところで、ず~っと気になっていたことがある。インドネシア、これはわかる。国の名前だと。「島々のインド」とか「インドの島々」とか言う意味は「知っておくとモア・ベターよ」って小森のおばちゃま(もう亡くなりましたね、(-人-))なら言いそうだ。
問題は「ラヤ」。まあ、国歌に使うくらいだから、よいというかおめでたい意味の言葉だろう、とあたりはつく。「君が代」だって「千代に八千代に」だもの。これが「明日をも知れない」とかだったら、こんな歌は誰もが国歌としては願い下げだろう。
冗談はさておき、ラヤの意味をいろいろ考えてみた。
「若きインドネシア(←「これから自分たちの国の歴史を作っていくんだ」という感じで、いいと思いません? 前向きで)」、
「明日のインドネシア(←そいや以前TBSラジオで「明日の農業 歌謡曲でおはよう」という番組をやっていたなぁ...)」、
「インドネシア万歳(←「ばんざい」ね。「まんせー」は肉屋)」、
「麗しのインドネシア(←観光ポスターのコピーだな、こりゃ)」、
「美しきインドネシア(←同上)」、
「明るいインドネシア(←「電器メーカーかい?」って突っ込まれそう)」、
「輝くインドネシア(←「光る」だと、回って、走って、歌わないといけなくなるので...)」、
「栄光のインドネシア(←何か、後ろ向きな感じが...)」、
「栄えあるインドネシア(←「栄光の」よりはましかな?)」、
「大いなるインドネシア(←ハングルはコリア語(←これなら南北どっちでもOK)で「おおいなる文字」という意味だということを思い出した)」、
etc...
結局、図書館とかでも調べたけど、わからなかった。あたりをつけた言葉は、ことごとく不正解だった...
結局、「インドネシア・ラヤ 国歌」でググってみた。「インドネシア・ラヤ」だけでググったら、例の料理屋がやたらに引っかかるのは目に見えているから。そしたら、こんなサイトが見つかった。
インドネシア国歌「インドネシア・ラヤの歌」
なんとご丁寧に、原詞と日本語の対訳が載っていた。ついでに言えば、BGMもこの曲。その気になれば歌えるぞ。
マレー語が読めれば、だけど。
#マレー語とインドネシア語は今はかなりかけ離れたらしいけど、元は同じ言葉。アメリカの言葉を「英語」として教わってきた我々にとっては、インドネシア語をマレー語と呼んでも別にいいだろう。日本で「ポルトガル語」として売られている語学教材のほとんどは実はブラジルの言葉だったりするし...そうなると、「スペイン語」の語学教材で覚えたスペイン語も実はスペイン本国よりも南米諸国のほうが通じたりして...
で、結局「インドネシア・ラヤ」ってどういう意味だったのかって? 「大インドネシア」という意味だそうだ。別のところに当たったら、「偉大なるインドネシア」と言う意味だと、説明があったけど...
与太話はこれくらいにして...
昨(2004)年末に、スマトラ沖で大変なことが起こって、肉親や財産、仕事を失ったりして、失意に打ちひしがれている方も多いだろう。在日インドネシア人の方にも「うちの親戚が...」なんて方もいるかもしれない。帰郷しようと思ったら、故郷がなくなったとか...
でも、私はあの「インドネシア・ラヤ」を国歌とする国の人たちだから、いつまでもうつむいてばかりいないで前を向いて胸をはって生きていってくれるだろう、と信じている。一介の別にインドネシアには縁もゆかりもない人間にも元気を与えてくれた歌なのだから。
アチェの人はどうなのかなぁ...「国歌」としては忌まわしい記憶しかないだろうけど、ただの1つの歌として聴く分ならそれほど悪い印象は持っていないんじゃないか、と思っているんだけど...
#トルコはもうお見限りかい、って? いや、そんなことはないですよ。「君が代」には特別な感情を持たない私でも、トルコの国歌「陸軍行進曲」にはあふれる涙が止まりませんでしたからねぇ... これはもうすっかり条件反射になっています。「民族派左翼」がこれでいいのかねぇ...(苦笑)
27日会社をひけてから、高円寺阿波踊りを見に行った。家から行くときは、高円寺まで1本で行けるから、とバスで行くことが多いが、都心から高円寺まで直通するバスはないから、当然電車である。
いやいや、行ってみて驚いた。何がというと、それまで高円寺阿波踊りの舞台は高南通りの大久保通りと青梅街道にはさまれた部分だったが、いつからかは知らないが高円寺駅を中心として、8の字にめぐる道路が舞台になっている。つまり、北側も舞台になっていたということ。それだけ参加する連(グループ)も増えて、高南通りだけでは裁ききれなくなったということだろうか?
このため、高円寺駅の改札も高円寺阿波踊り開催の時間帯は南口は出口専用、北口が入口専用と分けられて、駅員が交通整理に躍起となっているありさま。また、舞台の中心となる高円寺駅南口の駅前広場は路線バスを含む車は一切締め出しで、バスは北口からのみの発着となった。
下の写真は高南通りで撮影した踊りの様子である。人だかりがすごくて、交差点からちょっと下がったところにあった消火栓の上によじ登って(ヨイコハマネヲシテハイケマセン)撮ったので、見苦しい点はご勘弁を。m(__)m
また、下の写真は高円寺阿波踊り見物人輸送のために、増発された高円寺駅~野方(駅とバス乗り場は少々離れているので、案内上は「野方駅」ではなく、「野方」という表記になっている。車内放送では「野方駅前」といっているが...)間の直通バスである。高円寺~野方間は関東バスの定期路線が走ってはいるが、これだけでは押し寄せる見物人を裁ききれないし、日常の足としてこの路線を利用している人が割を食いかねないので、西武新宿線の沿線から見物に来た人を裁くために、野方まで行く人はこちらに誘導して、途中の停留所から、あるいは途中の停留所への利用者の足を確保するというわけである。
また、写真には撮り損ねたが、高円寺駅~練馬駅の定期路線も直行便こそ出ないものの、定期便で運びきれない乗客を積み残さないようにと、増発便用のバスを待機させていた。
実は私も会場からはバスで帰ったのだが、私の利用したバスは関東バス、国際興業バスの相互乗り入れ路線の赤羽駅行き。乗ったのは国際興業の担当便だけど。それだからか、あるいは、この路線の終点である赤羽や板橋方面からバスを利用して来たり帰ったりするような物好きはいまいと思われたのか、高円寺駅北口の駅前広場のキャパシティの問題からかは知らないが、増発便はなかった。おかげさまで自分が降りる停留所までずっと立ちっぱなしになってしまった。座席はかみのね橋あたりからやっと開きだしたが、そこじゃあ、私的には相手も意味ないんだよなぁ...
あ、そうそう、これに伴う、高円寺駅から五日市街道方面に向かう関東バスの迂回経路だけど、高円寺駅南口のバス停が使えない状況なので、京王バス東との相互乗り入れ路線の永福町~高円寺駅南口間の路線は高円寺駅南口発着の最終を繰り上げて、後は終バスまで新高円寺駅~高円寺駅南口間は運休として、永福町~新高円寺駅の運行。野方~五日市街道営業所の路線は高円寺駅南口~新高円寺駅間は環七・青梅街道を経由し、この間は無停車という扱いだった。高円寺駅南口~五日市街道営業所の路線も同じだな、きっと。
で、今日はいよいよ最終日。天気は持つかな。この週末はぐずつき模様とか言っているけど...
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